ものづくり再生の視点:顧客が喜ぶ「価値づくり」を

・ものづくりを極める技術経営の視点不可欠
・機能や仕様より主観的な「意味的価値」重要
・アップルは擦り合わせを駆使して成功した
日本企業は品質の高い商品を開発・製造する「ものづくり」を今も得意とするが、利益や付加価値で表される「価値づくり」には結びつきにくくなった。特に薄型テレビや太陽電池などの電子機器が象徴的だ。その主因は、新興国の企業でも生産設備やデバイス(部品)を購入すれば、良い商品が簡単に開発・製造できるようになった点にある。こうした流れは、1990年代からモジュール(組み合わせ)化、標準化、デジタル化とともに進んできた。
 消費者にとっては商品価格が下がるので良いことだし、新興国の企業も活性化する。
一方、困るのは、強いものづくりを生かせなくなった日本企業だ。結果的に、日本の電子機器や半導体は90年代から徐々に価値づくりが困難になり、今や最悪の状況に陥っている。2000年代の景気回復局面では利益が増えたが、その源泉は主に人件費や不採算事業のリストラだった。
 この状況下で、日本企業はものづくりにこだわらず、標準的なデバイスやソフトを使い、海外企業に製造委託した低価格商品にも注力してきた。しかし、それだけでは日本のお家芸であるものづくりの再構築にはつながらない。そこで本稿では、ものづくりを軽視せず、逆に極めることにより、将来の活路を見いだす技術経営を考える。
 昔も今も、ものづくりの目的は価値づくりである。以前は、優れたものづくりがそのまま価値づくりに結びついていた。それらが乖離(かいり)してきた理由は2点ある。
 第一に、どんなに優れた技術・商品でも独自性がなければ、過当競争になり価格が下がる。近年、この法則が一段と支配的になった。例えば大型薄型テレビは、日本企業が技術を先導したすばらしい商品だ。問題は、同じようにすばらしい商品が短期間のうちに世界中の企業から販売されたことである。どんなに良い商品でも、同じような商品が他社からでも購入できる限り、その商品の存在価値は低く社会貢献は限られ、価値づくりにはつながらない。
 第二に、日本企業が創る新機能や高品質に、顧客が喜ばなくなった。高い価格を支払っても欲しいと思う真の顧客価値になっていない。
 ハード・ソフトを含めたものづくりを極め、独自性と真の顧客価値が実現できれば、顧客は価値のある商品として指名買いをする。日本の乗用車が電子機器と比べれば、価値づくりができるのは、指名買いが多いからだ。デザインや品質感にこだわって購入する顧客が少なくない。電子機器の中では、一眼カメラはこだわりを持った顧客が多く、価値づくりができている。
 しかし、携帯電話やパソコンなど他の電子機器では、それは不可能だと言われ始めていた。それを覆したのが米アップルだ。顧客の多くは、他社と比較しないで、指名買いをする。独自性と顧客価値を高めるものづくりに関してアップルから学ぶ点が多い。
 1点目の独自性の実現には、独自の構想で技術分野を選択し、他社が考えもしないくらいに集中的・長期的に取り組まなくてはならない。選択と集中は目的ではなく、特定分野で圧倒的な優位性を持つための手段だ。日本企業は独自性が重要だと言いながら経営はそうなっていない。薄型テレビであれば画質、3D(3次元)、インターネットに接続して使う「スマートテレビ」にどの企業も同じように力を入れてきた。しかし「トレンドに乗った」技術開発では、結局横並びなので、確固たる優位性の確保が難しい。
 アップルは80年代から、気持ちよく使えるユーザーインターフェース技術に集中的に
取り組んできた。だからこそ、日本企業は「IPhone(アイフオーン)」や「IPad
 (アイパッド)」の快適な操作感になかなか追いつけない。長期的に積み重ねた開発力こそが模倣されない技術を生む。これは日本企業の強みのはずだが、近年は短期的な視点により失われつつある。
 2点目は真の顧客価値である。図に示すように、顧客価値には客観的に評価できる機能や仕様に関する「機能的価値」と、顧客が主観的に価値を意味づける「意味的価値」がある。パソコンや薄型テレビの多くは機能的価値しかない。意味的価値は、商品機能だけでは決まらず、顧客が共創する価値だ。アバレルはもちろん、自動車や家具などは意味的価値が比較的大きい。
 近年、技術の均等化が進み、単純機能での差別化は難しい。そのため意味的価値が価
値づくりの鍵を握る。例えば最近は失速気味だが、任天堂の家庭用ゲーム機「Wii(ウ
イー)」は意味的価値により歴史的な成功を収めた。最先端の半導体で技術仕様が大きく優れたソニーに価値づくりでは圧勝した。
 アップルの商品も機能・仕様に依存しない。IPhoneにはテレビもおサイフケー
タイも赤外線通信もない。しかし、それらを超えた、使いやすさや気持ちよさがある。優
位性の源泉は、配信サービス「ITunes(アイチューンズ)」やソフト配信サイト「ア
ップストア」だけではない。問題は、商品そのもの、特に意味的価値を創るものづくりで、日本企業が負けている点だ。
 生産財についても顧客企業の現場で共創される意味的価値が重要だ。製造関連機器で高収益を誇るキーエンスやディスコは、顧客企業の使用状況を顧客以上に勉強し、顧客の期待を超える顧客価値を提案する。顧客企業の利益がより高まる商品の提案なので、高い価格でも顧客は喜んで購入する。しかもコスト面から特注品にはしないので、大きな価値づくりにつながる。
 このように過当競争を避けるには、企業は、顧客が価値を意味づけるプロセスの深層に入り込み、単純機能を超えた意味的価値を提案しなくてはならない。一般機能よりも、快適な使い心地や感動的なデザイン、生産財であれば操作性や整備性、用途との適合性などが顧客価値として重要な場合が多い。しかし日本企業は、いまだに機能・仕様の有無や高低を軸としたものづくりをしている。真の顧客価値が目標となっていないのだ。
その結果、価値づくりができないので、調整しながらつくり込む高コストの「擦り合わせ型」のものづくりから、標準部品を使った「組み合わせ型」へ移行せざるを得ない。
しかし今求められているのは、日本企業にしかできない擦り合わせ型を生かし、そこで余分にかかるコスト以上の顧客価値(機能的価値十意味的価値)を創り出すことだ。それが世界への貢献となる。
 特に、高度なものづくりで意味的価値を創らなくてはならない。アップルは基本ソフト(OS)とCPU(中央演算処理装置)を独自設計する垂直統合型で、商品全体は完璧なデザインや統合性を回指‐した擦り合わせ型だ。まさに日本企業が批判されてきた垂直統合や擦り合わせを駆使した高度なものづくりである。違うのは、アップルはそれにより大きな意味的価値を創出している点だ。委託先企業での品質を厳しく管理し、顧客が喜ぶ価値を実現している。
 日本企業が取り組むべきは、第一に、ものづくりにより真の顧客価値を創出できる技術経営への変革だ。特に、単純機能を超えた意味的価値を提案できる人材と、それを評価できる経営プロセスが必要となる。第二に、各社が独自の戦略的視点から、特定の技術・商品分野に集中して取り組むことだ。日本企業はリスクを恐れて横並びになる傾向があるが、今はそれこそが最大のリスク要因である。
 電子機器は日本のものづくりの将来を占う試金石でもある。問われるのはコモディティー(汎用品)化しやすい産業でも、ものづくりを極めて価値づくりができる技術経営だ。太陽電池やスマートフオンー(高機能携帯電話)のように、新産業の多くはコモディティー化しやすい商品であるだけに、変革は急務である。

2012.06.12