イノベーション どう起こす? 卓越した基礎研究がカギ 100年先の成果見据える 

 政府は「科学技術イノベーション総合戦略」を決め、成長につなげるための具体策を練っている。イノベーションを生み出す力を高めるには何が必要か。素粒子研究でノーベル物理学賞を受賞した京都産業大学益川塾の益川敏英塾頭と、国の研究費の大学研究者への配分を中心に約1300億円の年間事業費を差配する科学技術振興機構の中村道冶理事長に聞いた。

卓越した基礎研究がカギ 世界規模のチーム力必要
                                                                             科学技術振興機構理事長 中村 道治氏
-科学技術イノベーションの重要性を主張していますね。
  「イノベーションとは社会に新たな価値を生み出すプロセスだ。日本が目指すのは卓越した基礎研究の上にイノベーションを組み立てていくこと。いろいろな分野の組み合わせ、つながりの結果として到達する。かつて米国から『基礎研究ただ乗り論』を指摘され、侮しい思いをした。1980年代以降、日本人魂で基礎研究をやろうということになった。成果を今こそ刈り取らなければいけない。
 「海外を歩くと新興国が大変な勢いで科学技術立国を目指しているのを肌で感じる。新たな大競争時代が始まっている。こうしたなか日本がとるべき道は10~20年の中・長期的な視点をもち、革新的な研究からイノベーションを生み出すことだ。リチウムイオン電池や発光ダイオード(LED)などの例からわかるように、研究成果が本当の意味で実用化するまで、20~30年かかっている」
 --時代の流れはスピード重視です。
 「アペノミクスのなかでスピードが大切だ、というムードが出ているのはいいことだ。いくら急いでも企業の場合には研究から製品化まで10~20年、国なら20~30年かかる。スピードを上げなければもっとかかり、新興国などに負けてしまう。逆説的だが中・長期視点を持ちながらも競争相手より半日でも早く結果を出し、勝つことが大切だ」
 --基礎研究がやりにくくなるとの声もあります。
  「イノベーションの源泉、もっと言うと国力の源泉は基礎研究にある。ただし、卓越した基礎研究だ。キラッと光るもの、将来大きく発展するのではないか、というものを見つけて支援することが大切で、それには目利き力も必要になる」
  「研究者は、これを実現したいという思いや夢を持つて研究しているに違いない。
何がわかればどんなすごいことが起きるのか、常に議論しているはず。世界を揺るがし、学問を変えるインパクトのある研究は何かが浮かび上がってくるだろう。そういうものに挑戦してこそ、面白い研究ができるのではないか」
  -研究者にも改めるべき点がありますか。
  「最先端の研究はクローバルなチームカ、ネットワークも必要だ。基礎研究も孤立していてはできない。日本は欧州や米国、カナダに比べて海外の研究者と共著の論文が少ない。人脈がないのだろう。しばらく一緒に仕事をし、互いの信頼関係ができていないと共著論文は成立しない」
 「海外に出る研究者が減ったわけではないが、他国ほどに増えていない。大学のポストが失われるなどという情けないことを言わないでほしい。大学は若手を2、3年くらいどんどん外に送り出した方がいい。出る人を国全体としても支援しないといけない」
 -イノベーションに果たす企業の役割は。
 「社会的な価値を生み出すイノベーションにおいて、主役は企業だ。ただ、企業経営の傾向として長期的な挑戦よりも短期的な思考が増えている。自前主義に走るサイロ化にも陥っている。大学や研究開発法人が企業を補い、産官学でイノベーションを引っ張らなければならない」
  「産学共同研究の最近の実績をみると、企業の負担分は年間420億円。企業の年間研究開発費12兆円のO.3%にすぎない。企業は大学にこんなことをやってほしいと大きな声で言ったうえで、相応の投資をすべきだろう。大学の研究者が持つ豊富な知識、知見をもっと活用しないともったいない。産学連携の取り組みは研究者にとっても社会が何を望んでいるか、ターゲットがはっきりする利点があり、インパクトのある研究テーマが生まれやすくなる」

100年先の成果見据える 論文 数より質で競うべき
                                                                                        ノーベル賞学者 益川 敏英氏
 --イノベーションという言葉が氾濫しています。
  「イノベーションが何を意味するのか、正確なところはよくわからない。いまある技術をかき集め、新しいものに組み込んでいく。何となくそんなイメージはある。普段、イノベーションを意識したことはない。むしろ考えないようにしている。我々の研究は、そのような近い将来の成果を狙うものとは違う」
 --研究を棄早く社会に役立てる姿勢も大切では。
  「科学は基礎的なことがわかっても、社会に役立つまでに大体100年かかる。例えばテレビなどに使われる電波に関する法則を、英国の物理学者マクスウェルがはっきり示したのは1864年だ」
  「電波を送るには導波管を使う。波長と管の大きさの関係がきちんと調整できていないと電波は反射して戻ってしまう。そうならないようにするために、マクスウェルの方程式が必要だ。電波を自由に扱えるようになったのは1940年ごろで、法則の発見から約80年論々後だ」
 「リニア新幹線も、オランダの物理学者オンネスの1911年の発見がベースにある。物体の温度はどこまで下げられるかを実験し、あるところで電気抵抗なしに電流が流れる超電導現象を発見した。最近になって実用化が見えてきたが、やはり約100年かかっている」
 ―こうした応用法は思いも寄らなかったでしょうね。
  「マクスウェルもオンネスも、最初から天地がひっくり返るような発見を徂つ狙ったたわけではない。こう変えたいと考えて研究できるのは、大体すでにわかっていることをやる場合だ。それが本当のイノベーションを起こすだろうか。むしろ基礎的な研究をすれば、結果がイノベーションにつながっていく。初めから何かに使うことを考えて拙速に進めると、今まで何もなかったところに新しく生まれてくるような研究はできない」
  「山中伸弥京都大学教授のIPS細胞のように、多くの研究者と1日、1秒を争うような研究もあるだろう。IPS細胞の研究も何か出てくるか、どんな成果になるかがあらかじめ見えており、まったく何もなかったところから出てきたものとは違う」
  ―-日本の研究論文数の順位低下に懸念が出ています。
  「論文になるのはオリジナルな研究だけとは限らない。博士課程3年で80本も論文を
 書いた仲間がいたが、適当にある部分を変えて本数を増やしていた。反対に僕は3、4
 本だけだったが、その人とポストを争って京都大学に職を得ることができた。論文の数だけ稼いでも仕方ない」
  「少々論文を書かなくても怒られなかったが、何か疑問を感じればすぐに異を唱えて議論していた。自分で自分に『いちゃもんの益川』とあだ名を付けたほどだ」
  ―楽しみながら研究している人が減っていませんか。
  「(公募で獲得する)競争的資金が重視され、研究費をもらうと必ず報告書を出さなければならないので今の若手は忙しい。時間に追われているうちに年をとってしまう。雇った人に、資金がなくなった時点でほかのポストを与える力も大学にはない」
  「若手研究者の数自体は増えている。1人で放り出されれば世界の天才と対抗しようという気持ちになるかもしれないが、大勢いるとサラリーマン化してほどほどのところで満足する雰囲気になる。競争相手は世界だという意識をどう持てるかが課題だ」
 --海外に出たがらない人が多いと言われています。
  「僕は英語を話すのが嫌いで、海外に全然行きたくなかったし、数学や物理学とじゃれている方が面白かった。でも最近は若手に英語をしゃべれるにこしたことはないと言っている。情報は英語の論文で入ってくるし、相手と話ができたほうがやはり楽しい」
                                                                                                        (日経新聞2013.08.18)

2013.08.18