武田 針路を探る(上) 稼ぐ開発へ異才招く

 武田薬品工業が世界企業への脱皮を急いでいる。主力薬の特許切れなどで事業環境は厳しさを増す。この4年間で約2兆円を企業買収に投じたが、欧米大手の背中はなお遠い。「日本人だけでは競争を勝ち抜けない」と社長の長谷川閑史(65)。規模を追いながら、組織も人材も一気にグローバル化する。研究開発や国内外の営業の現場で改革が動き出した。
 「効率は最低」
 武田は4月にも、新薬開発担当の研究者数十人が参加するイベントを開く。名付けて「モノオキ(物置)デ土。開発が滞ったまま放置されている新薬候補を別の病気に振り向けるなど新たな方向性を考えさせる。
 提唱者は取締役の山田忠孝(66)。英グラクソスミスクラインの研究開発部門トップやビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団の医薬部門責任者を経て、昨年6月に武田の取締役会に加わった。11月から研究開発部門の統括責任者を務める。
  「武田の研究開発効率は世界で見れば最低の水準」と公言してはばからない。糖尿病や胃潰瘍など分野ごとに専門性が高・い研究者は多いが「ビジネスとしての採算性を考えられる人材に乏しい」。どう稼ぐか。研究者に意識改革を迫る。
 天明元年(1781年)'の創業。日本の大手企業で屈指の歴史を誇る武田で、外国人の部門トップへの登用が相次ぐ。
 抗がん剤事業は08年に買収した米ミレニアム・ファーマシューティカルズ最高経営責任者のデボラ・ダンサイア(49)が指揮し、新薬開発トップは武田の米子会社出身のナンシー・ジョセフ・リッジ。基礎研究の責任者は米国人のポール・チャップマン(49)だ。
 国内首位の武田も世界では売上高12位と中堅クラス。07~08年にかけて相次いだ新薬開発の失敗を機に欧米大手との差が広がった。収益源と期待した高脂血症薬は安全性の問題から開発中止に追い込まれ、09年を見込んでいた糖尿病薬の米国発売は12年にずれ込んだ。
新薬候補の価値を見極める力が落ちている実態が浮き彫りになった。
 従来のやり方にはもう頼れない。だが温めてきた新薬候補の生殺与奪を外部出身の人材に委ねることに、生え抜きで構成する現場には抵抗も予想された。長谷川は武田とミレニアムの研究者が議論する場を設けた。抗がん剤事業の競争力を高めるための具体策とは。常に欧米大手との競争を意識し採算性を重視するミレニアムの姿勢に「武田の研究者は完膚なきまでにたたきのめされた」と長谷川は振り返る。
 シティグループ証券アナリストの山□秀丸(46)は「ミレニアム買収にかけた89億ドルは相場より高額とされたが、同社の人材によって新薬候補の適切な価値判断が可能になった」と評価する。
成功体験捨てる
 医薬研究本部長のチヤップマンは基礎研究にも「費用対効果」を意識させる仕組みを採用した。がんや精神病など4分野で専門組織を設け、トップには毎年の研究進展に責任を持たせる。武田の研究所で目標を達成できないと判断すれば、割り当てられた研究費を返上し浮いた費用で他社から技術導入しなければならない。「学者集団」でいることは許されない。
 年に1千億円超を売り上げる大型薬を自前で生み出すことを追求してきた武田。それだけに開発中止が株式市場を落胆させるもろさを併せ持っていた。世界の新薬開発の潮流からずれていないか。今では年数百倍円規模の薬を切れ目なく出し、リスクを分散する戦略にかじを切る。長谷川は「過去の成功体験を捨て去る」と強調する。
 成果は徐々に生まれつつある。01~08年度の8年間は新薬の世界発売が4製品にとどまったのに対し、09~11年度の3年間では7製品を売り出した。承認申請が間近の新薬候補も増えた。
 自らの弱みを認め、外部の異才を招いて世界標準に経営手法を変える。1400倍円を投じて昨年2月稼働した湘南研究所(神奈川県藤沢市)に社外との共同研究の施設を設け、中国などアジアで新卒採用を開始。「同質」 「自前」を抜け出す武田の取り組みが次の段階に入る。  

2012.03.16